寂光院は、京都洛北、大原に位置する平家物語ゆかりの古刹です。
聖徳太子が父用明天皇の供養のために、594年に創建したのが始まりです。
比叡山の北西に位置する大原兵陵一帯は、かつて朝廷の馬を飼育する兵陵でした。
また、大原の地は、比叡山の体制仏教から逃れてきた聖たちの隠遁の地として、別所と呼ばれていました。

鎌倉時代、壇ノ浦の戦いで源氏の頼朝、義経に平家が滅ぼされた際、安徳天皇が側近とともに海に身を投げましたが、平清盛の娘で、安徳天皇の母である徳子は、源氏に助けあげられました。その後、29歳になった秋に、建礼門院徳子として尼僧になってこの寂光院に移られ、平家の菩提を弔いながら余生を過ごされました。36歳でお亡くなりになりました。その期間に、義理の父である後白河法皇が、1186年4月に御忍びで建礼門院を訪ねられたことが、平家物語に記述されています。
寂光院は、建礼門院が住まいとしたことから、歴史的にこの寺が日本国中に知られるようになりました。

秋の紅葉の季節には、境内の各スポットで紅葉を楽しむことができます。森林と山に囲まれた山里の風景に紅葉が溶け込んで、圧巻の景観です。

<参道の石段周辺>


<本堂とその周辺>
桃山時代頃の建築の特色を残していると言われていました本堂は、2000年の放火火災で焼失しました。小松前住職の「すべて元の通りに」の言葉通りに、焼け残った木組みや部材を入念に調査し、材木を吟味して、5年の歳月をかけて、2005年6月2日に落慶しました。



<四方正面の池>
本堂の東側にある池で、北側の背後の山腹から水を引き、三段に分かれた小さな滝を設けています。池の四方は回遊出来るように小径がついており、本堂の東側や書院の北側など、四方のどこから見ても正面となるように、周りに植栽が施されています。

<桜(汀の桜)と松(姫小松)>
“池水に汀の桜散り敷きて 波の花こそ盛なりけれ  (『平家物語』大原御幸)”
これは、後白河法皇が忍びの御幸で建礼門院の閑居を訪ねたおりの一首です。
本堂前には桜(汀の桜)と松(姫小松)があり、往時の状況が偲ばれます。姫小松は樹高15メートル余りで樹齢数百年になるものでしたが、2000年の火災で枯れてしまい、倒木の危険があるため伐採され、現在はご神木としてお祀しています。



<建礼門院徳子 御庵室跡<>
本堂の北奥に、建礼門院が隠棲していたと伝えられている庵跡があります。現在は石碑が立つのみです。

<諸行無常の鐘楼>
本堂の正面の池の汀にある江戸時代に建立された鐘楼には、「諸行無常の鐘」と称する梵鐘が懸かっています。

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